音楽制作

一昔前まで,高音質の音楽トラックを操作できるのは,高価な音楽制作機材を揃えた音楽スタジオの技術者に限られていました.ところが最近では高性能で安価な音楽制作ソフト(DAW)が出回っており,知識と技術さえあれば誰でも市販CDクオリティーの音源を作成できるようになっています.アマチュアが手軽に音楽制作を楽しめる時代になったということです.あなたも音楽制作に挑戦してみませんか.

ここではDAWを用いて行う音楽制作作業の一端を紹介しましょう.最近木管三重奏曲集の作成を行いましたので,クラシック室内楽の音源作成を中心に話を進めます.

まほらがで使用しているのはAppleのLogic StudioというDAWです.トラック作成用のLogic Proをはじめ,エフェクトプラグイン,サンプル音源,CDオーサリングソフト等,音楽制作に必要なソフト一式が5万円ちょっとのパッケージにすべて入っています.でも,使いこなせなければ宝の持ち腐れ.がんばって技術を身につけて自分だけの音楽を作って下さい.

作曲

作曲と言えば,昔は作曲家と呼ばれる人が頭に浮かんだ曲のイメージを楽譜にすることでした.いくらすばらしい音のイメージが浮かんでも,それを曲として完成させ楽譜の形にできなければ演奏してもらえず人の耳に届きませんから,作曲以前に音楽理論や演奏法をマスターすることが必須でした.

でも今は違います.DAWを使えば頭に浮かんだ音のイメージをそのまま音として表現し,直接人に聴いてもらうことができます.とりあえず気の向くまま自由に音を作りながら,必要に応じて音楽理論や演奏法を勉強してゆけばよいのです.

入力

ここではサンプル音源を用いたいわゆる打込みについて述べます.自分で歌ったり実際に楽器を演奏してマイクで録音する方法もありますが,マイク録音はそれ自体が一つの芸術というぐらい奥の深いものです.

拍子とおおまかなテンポを設定したら,ピアノロールウィンドウでメロディや伴奏を打込んでいきます.キーやテンポは後から簡単に修正できますから,最初はあまり気にする必要はありません.

音の開始位置と長さ

一通り入力し終わったら,個々の音の開始位置と長さの微調整を行います.演奏で言えばノリとか息継ぎなどに対応する大変重要な作業です.ここがいい加減だと,機械的な味気ない音楽になってしまいます.

楽器ごとにディレイを調整する

音の開始位置に関して注意しないといけないのは,音の出始めと音の立ち上がりに数ミリ〜数十ミリ秒の時間差があることです.しかも楽器によってそのタイミングはまちまちなので,安易に音の先頭を拍子線に合わせているとリズム音痴になってしまいます.音の出始めではなく立ち上がりを拍子線に合わせるためには,ピアノロールに音を配置する時に,その時間差だけ音の頭を拍子線よりも前に出しておけばよいですがかなり面倒です.

これを解決するには,まず使用する楽器ごとにどの程度時間のずれがあるかを調べます.たとえば,Jam Packのフルート音源の場合,サンプルの先頭から音の立ち上がりまでに,高音域で30ミリ秒,中音域で40ミリ秒,低音域で60ミリ秒程度の遅れがあることがわかります.低音域で音の立ち上がりが遅めなのは自然なことなので,フルートのトラックのディレイを−40ミリ秒と設定します.これで拍子線に合わせて音を配置するだけで±10ミリ秒程度の精度で音の出だしを揃えることができます.

強弱

次に,一つずつの音に対して丁寧にベロシティー値を設定します.音楽のノリを作り出すために,これまた大変重要な作業です.ベロシティー値をどう設定するかは,技術というよりは音楽性の問題で,非常に難しいです.演奏家は音楽表現のために一生かけて音のタイミングや強弱,音色の変化の訓練をしているわけで,打込みでそれに対抗しようと言うのだから,簡単なはずはないですね.

一つ注意が必要なのは,楽器によってベロシティーの範囲ごとに用意されているサンプル音源が自動的に切り替わることです.たとえばSteinway Piano音源では,ベロシティー範囲1〜39, 40〜59, 60〜105, 106〜127用に4種類のサンプルが用意されていて,ベロシティーが59から60に変わると音色が急に変化してしまいます.音色の急な変化を避けるには,今のところ,同一フレーズ内でベロシティーが境界を越えないように注意するぐらいです.サンプラー(EXS24)でサンプル音源を編集して別々の楽器に分けてしまうことも考えられますが,それでは何のために一つの楽器としてまとめてあるのかわかりません.でもたぶんこの問題は今後新しい技術によって急速に改善していくでしょう.

音色

サンプル音源を用いた音楽トラック制作では,実際の楽器演奏のようにタッチ,息づかい等によって様々な音色の表情を作り出すことはできません.が,イコライジング一つだけでもサンプル音源の音色はずいぶん変わります.いろいろ試して自分独自の音色を作り出してみて下さい.

イコライザで音色の調整をする

サンプル楽器の音色をイコライザで調整する際には,共鳴に注意が必要です.どんな楽器にも固有の共鳴周波数があって,特定の周波数の音が大きく鳴り響きます.実際の演奏ではタッチや息づかいによって毎回音の鳴り方が変わり,共鳴の仕方が楽器の魅力だったりします.ところがサンプル音源では全く同じ音が繰り返し再生されるため,特定の周波数の音だけ大きく不自然な感じになってしまいます.従って,イコライザで共鳴周波数の音量を抑えておくことが必要になります.でも抑えすぎると音色の魅力まで失われるのでバランスが大事です.

さて,個々の音源トラックの調整が済んだら,トラック間の音量バランスとパンの調整です.

音量バランス

音量バランス調整は,楽器どうしの音量バランスがよくなるようにトラックのフェーダーを上げ下げするだけですが,これが案外難しいのです.出来上がった音源をステレオセットで聴く人もいれば,PCのスピーカーで聴く人,iPodのイヤホンで聴く人と,いろんな聴き方をする人がいます.どんな聴き方をしてもすべての楽器がバランス良く聴こえるようなスポットは意外に狭いものです.ヘッドホンで聴いて完璧だと思ったのにステレオセットで聴いてみたら低音が大きすぎてびっくり,なんてことにならないように注意して下さい.

自分が基準とするモニタスピーカーを決めておいて,普段から他の環境で聴いたときの違いを意識して憶えていくのがいいでしょう.

パン

音がどの方向から聴こえるかは,大きく二つの要因によって決まります.一つは音源に近い側の耳のほうが音が大きく聴こえるという音量差,もう一つは音源に近い側の耳に音が先に伝わるという時間差(位相差)でハース効果と呼ばれています.

ミキシングにおける音像位置調整は普通パンポットを用いて行われますが,これは音量差のみを用いる調整です.スピーカーによるステレオ再生装置では,どちらのスピーカーの音も左右両側の耳に入るため,時間差を再現するのが難しいのです.音量差と位相差の両方がある実際の音を音量差のみで再現するのですから,どうしても違和感が伴います.

最近はiPodをはじめ,ヘッドホンやイヤホンで音楽を聴く機会が多くなってきました.その場合,左スピーカーの音は左耳だけ,右スピーカーの音は右耳だけに入りますから,位相差を利用することが可能です.たとえば,正面から左に30°の方向からやって来る音の場合,音源から左右の耳までの距離は,両耳の間隔を200mmとして,200×sin(30°)=100mmの差があります.音速を340m/sとすればこれは0.29ミリ秒の差.44.1kHzのサンプルレートで,13サンプルの差となります.試しにトラックにSample Delayを挿入して,右側を13サンプル遅らせてみて下さい.ヘッドホンで聴くと左側30°ぐらいの方向から聴こえてきます.

パンポットによる音量差調整とディレイによる位相差を組み合わせると,より違和感のない音像位置調整が可能になります.しかし,スピーカーで聴いた時にも違和感がないように,というと試行錯誤が必要になってきます.パン一つ取っても奥は深いのです.

リバーブ

ホールで録音する場合はホールの自然な残響ごと録音することが可能ですが,サンプル音源を用いて音楽を作る場合には人工的に残響効果を付ける必要があります.

LogicにはSpace Designerというコンボルーションリバーブと多数のインパルスレスポンスデータが付属しており,それらを用いることで良質な残響効果が得られます.これは,ホールで実測したインパルスレスポンスを用いて計算を行い,あたかもそのホールで音を鳴らしたかのような残響効果を得るというものです.

まほらがmRfx Audio Unit

当然ながら,インパルスレスポンスの特徴がわかっていないとコンボルーションリバーブは使いこなせません.一度付属しているすべてのインパルスレスポンスを使用してみて,たとえば,「Hansa Studio-OSTはピアノソロだと自然だがストリングスだと低音不足,木管だとまとまりがよく硬め」というような自分なりのメモを作っておくとよいでしょう.

コンボルーションリバーブも完全ではありません.ホールの残響は音源の位置ごとに異なるのに,それを特定の位置におけるインパルスレスポンスで代用しているからです.位置ごとに異なる残響まで再現しようとすると,音場を物理的にシミュレートする計算が必要になってきます.まほらがではそのような計算を行うmRfxというAudio Unitを自ら開発して使用しています.

テンポ

いつ行ってもよいのですが,曲全体の形がはっきりしてきた段階でテンポの調整を行います.グローバルトラックのテンポトラックにオートメーションを書き込んでいくだけですが,フレーズの終わりでちょっとテンポを落とすだけでも音楽が活き活きしてきたりしますから,テンポのゆれはとても大事です.十分に時間をかけて編集して下さい.

グローバルトラックでテンポのゆれを細かく設定する

同じテンポでも,朝起きた時に聴くのと,寝る前に聴くのではまた受ける印象が違うものです.時間を置いて何度も聴き返してみることも必要です.いつ聴いてもちょうどよいテンポを探し出して下さい.

ピッチ

ピッチに関しては,中央の上のA音を440Hzに合わせるのが標準ということになっていますが,クラシック音楽では最近は442Hzに合わせるのが一般的でしょうか.統一してくれないと不便でしょうがないですね.

チューニング

ピアノが入っている場合は平均律にするしかないので悩む必要がないのですが,管楽器や弦楽器のみの場合,チューニングは悩ましい問題です.実際の演奏では演奏者は自然に純正律の和音を用います.そのほうが響きが美しいからです.でも曲全体を通じて純正律に合わせてしまうとかえって奇異な感じになります.

これは今に始まった問題ではなく,鍵盤楽器の調律は昔から音楽家を悩ませてきました.ミーントーンという調律法が好んで使用されたり,オルガン奏者のヴェルクマイスターやキルンベルガーが次々と新しい調律法を編み出したりしましたが,決定打はありません.時代とともに聴く側の好みも徐々に変化しており,現代の我々は平均律の音楽をたくさん聴いているせいか,一般的に純正律よりも平均律に近い調律が心地よいと感じるように思います.

tuning
平均律と純正律の間に心地よいチューニングのポイントがある

おわりに

みなさんが自分の音楽を作る際のヒントになればと思い,音楽制作で実際に行っている作業の一端を紹介してみました.いかがでしたでしょうか.ひょっとすると,ずいぶん大変そうと思われたかも知れません.でもこれらをマスターしないと音楽が作れないなんてことは全然ありません.要は,作った自分が満足できて,聴く人が楽しめればそれでよいのです.

かく言う私自身もまだまだ修行中です.共に励んで新しい音楽を創って行こうではありませんか.