音響技術2. 打込み
MIDIトラック
DAWソフトで扱うトラックには,大きく分けて,MIDIトラックとオーディオトラックの2種類があります.ここではまず,MIDIトラックについて述べます.
MIDIトラックには,音の開始位置,高さ,長さなどが含まれたMIDIデータと,それらを再生するための音源の情報が含まれています.音源を用いてMIDIデータを再生する機能は,MIDIシーケンサーと呼ばれます.最近のDAWソフトはたいていMIDIシーケンサーの機能を備えています.
音源としては,DAWソフト内のサンプラーやシンセサイザーを使う方法と,外部のハードウェア音源を使う方法があります.Logic Proの場合,前者に対応したMIDIトラックをソフトウェア音源トラックと呼んで外部ハードウェア音源用のMIDIトラックと区別しています.
打込み
MIDIトラックに手作業で音のデータを入力することを打込みと言います.僕の場合は,ピアノロール画面でマウスを用いて音を入力することが多いです.
これをイベントリストで見ると,音の開始位置,MIDIチャネル,高さ,ベロシティ,長さの情報が記録されていることがわかります.
打込み以外に,MIDIキーボードなどを演奏してリアルタイムでMIDIデータを入力する方法もあります.
サンプラー
楽器の個々の音をあらかじめ録音しておき,MIDIデータに従ってそれらを順に再生して音声を生成するのがサンプラーです.音を合成するという意味でシンセサイザーの一種ですが,ここではサンプラーと呼んで区別することにします.あらかじめ録音された音の波形データは音源サンプル,あるいは単にサンプルと呼ばれます.それをつなぎ合わせて再生するためのプラグインは,Logic Proの場合はEXS24と呼ばれるソフトウェアサンプラーです.
Logic ProにはEXS24用に最初から多数の音源サンプルが付属してきますが,それに含まれていない特殊な楽器のサンプルや,もっと高品質のサンプルが必要な場合は,音源サンプルを別途購入して使用したりします.僕自身は,Logic Pro付属のサンプル以外に,次のサンプルを使用しています.
Synthogy Ivory II Italian Grand
コンサートグランドピアノの音源ですが,落ち着いた音で気に入っています.実売2万円ぐらい.EXS24ではなく独自のプラグインでコントロールするようになっていて,蓋の開閉状態から打鍵の際のノイズにいたるまで細かく設定できるようになっています.容量が28GBあるので,ノートパソコンに入れて気軽に使う感じではないです.
Kirk Hunter Diamond Orchestra
こちらはストリングス音源のために購入しました.3万円ぐらいですが,ホリデーセールとかで安く買えるときがあります.EXS24用音源を持っているのですが,今は販売中止でKontakt用のみになっているようです.ストリングスに関してはかなりいい音です.金管もかなり使えますが,木管はひどいです.全部インストールすると80GBぐらいあります.
シンセサイザー
録音した楽器の音声データを使うのではなく,楽器の音そのものをコンピュータで合成してしまうのがシンセサイザーです.
歴史的には,コンピュータが発明される前から,電子オルガン,アナログシンセサイザー等のハードウェアシンセサイザーが多数作られていました.コンピュータの発達に伴ってディジタルシンセサイザーが主流になり,今やそれらの歴史的シンセサイザーのあらゆる機種の音がコンピュータ内のシミュレーションによって実現可能になっているわけです.
歴史的シンセサイザーのプラグインはオリジナルを忠実に再現するよう作られているのが普通なのですが,元のシンセサイザーを知らないと使い方がよくわからなくて,けっきょく個別に勉強するしかなかったりします.
シンセサイザーは,サンプラーのように大きなデータを使う必要がなく,ノートパソコンで問題なく使えるので便利です.
最近は,たとえばピアノ音源で,物理的なシミュレーションでピアノの音を合成してしまおうというPianoteqのような製品も出てきています.リアルな音という意味では今はまだサンプラーに軍配が上がりますが,近い将来,サンプルを用いずコンピュータで合成されたピアノの音で十分という時代が来るかもしれません.
打込みの実際
たとえば,次のような8ビートのピアノ伴奏を打込みで作成したいとします.
まずはピアノ音源のトラックを作成して,ピアノロール画面で音を入力します.僕は一つ一つマウスで入力します.
音の長さ
音の長さは音楽の雰囲気に大きく影響しますから,慎重に決めるべきです.八分音符をきっちり1/8にすると軽快感がないですし,鍵盤から指を離した瞬間に次の打鍵をするなんて実際にはできませんからかなり不自然です.かといって1/16ではスタッカートになっちゃいますから,今回は3/32にしてみました.5/64や7/64のほうがいいかも知れません.曲調に合わせて調整して下さい.
これを再生するとこのようになります.→70-70-70-70-70-70-70-70.mp3
確かに楽譜通りですが,いかにも機械的で音楽としての面白みがないです.
ベロシティ
上の音源ではベロシティが70で一定でした.ベロシティは,ピアノの場合だと鍵盤を叩く強さを表すMIDIパラメータです.ベロシティの強弱で演奏のノリを表現するのですが,打込みではなかなか難しい部分です.ベロシティの調整方法は人それぞれだと思いますが,僕の方法を説明します.
まず,八分音符ごと,四分音符ごと,二分音符ごと,というくくりで考えて強弱を決めます.たとえば,強を1,弱を0として,それらを合計します.
拍 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
八分音符ごと | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 |
四分音符ごと | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 |
二分音符ごと | 1 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
計 | 2 | 1 | 3 | 2 | 1 | 0 | 2 | 1 |
ベロシティ | 70 | 60 | 80 | 70 | 60 | 50 | 70 | 60 |
MIDIのベロシティ値の範囲1〜127に合わせて,ここでは0→50,1→60,2→70,3→80のように変換してみました.
4小節ぐらいなら,個々の音のベロシティを個別に設定しても大したことはないですが,長い曲で一つずつ設定するのは気が滅入りますね.Logic Proの場合は,次のようにすれば比較的楽に設定できます.(他のDAWソフトで同様のことをどのように行うのかは知りません.)
まず,ベロシティを設定したいリージョンを全て選択してピアノロール表示しておきます.ピアノロール画面のメニューから,
機能→MIDIトランスフォーム→固定ベロシティ
を選択すると,次のようなウィンドウが現れます.ウィンドウ左下の「使用していないパラメータを隠す」のチェックを外して下さい.
中段のベロシティ欄の「固定」の下の数字を1に変更して「選択して実行」ボタンを押すと,表示されているピアノロール内のすべてのノートが選択されて,ベロシティが1になります.
次に,小節の1泊目だけベロシティを70に設定するには,サブポジション欄の「すべて」を「=」に変更し,その下に現れる数値を「1 1 1 1」に,固定の数値を「70」にして下さい.
「選択して実行」ボタンを押すと,小節内の1拍目だけがベロシティ70に設定され,ピアノロールが次のようになります.
2拍目以降も同様の方法で設定すれば,曲の長さにかかわらず,8回の操作でベロシティが設定できます.
これを再生してみましょう.→70-60-80-70-60-50-70-60.mp3
最初の無機的な連打よりはずいぶんいいですね.さらに,ロックに特徴的な,1, 4, 6拍目を強弱してみましょうか.
拍 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
八分音符ごと | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 |
四分音符ごと | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 |
二分音符ごと | 1 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
ロックビート | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 |
計 | 3 | 1 | 3 | 3 | 1 | 1 | 2 | 1 |
ベロシティ | 80 | 60 | 80 | 80 | 60 | 60 | 70 | 60 |
MIDIトランスフォームを使ってベロシティを変更します.
再生するとこんな感じ.→80-60-80-80-60-60-70-60.mp3
もっと後ノリにしたければ00110011を00220022に変えてみるとか,ロックビートを強調してみるとか,あとは自分で試行錯誤して自分の感覚にぴったりなノリを見いだして下さい.
これら小節内でのベロシティの設定は,フォルテ/ピアノやクレッシェンド/デクレッシェンドといった大局的な音の強弱の設定の前に行うのがいいです.
サンプル音源のベロシティ範囲
サンプル音源を用いる場合,ベロシティ範囲の考慮が必要なことがあります.ベロシティを1から127まで1ずつ増やしながら同じ音を鳴らすだけのリージョンを用意します.
これをLogic Pro付属のSteinway Piano音源で再生してみます.
数カ所で突然音色が急に変わるのがわかったでしょうか.実は,たとえばC3の音を再生するとき,すべて同じ録音サンプルを用いるのではなく,ベロシティの範囲ごとに別のサンプルを使っているんですね.だから,ベロシティ範囲が切り替わるところで急に音色が変わるわけです.理想的には,127段階すべて別々のサンプルを用意すればいいのですが,そんなことをすればピアノ音源だけでハードディスクが埋まってしまいます.
ベロシティのどの範囲で同じサンプルが使われているかは,Logic Proの場合,EXS24ソフトウェアサンプラーのインストゥルメントエディタを開いてグループ表示にし,ベロシティ範囲を表示させることで調べることができます.
上記Steiway Pianoの場合,0〜39,40〜59,60〜105,106〜120,121〜127,というように5つのベロシティ範囲で別々のサンプルが使われていることがわかります.従って,たとえば60前後や105前後でベロシティを設定している場合,ベロシティを少し変更するだけでニュアンスが大きく変わるということが起きます.実際のピアノは,打鍵の強さがちょっと変わっただけで急に音色が変わるなんていうことはありませんから,不自然になってしまうので注意が必要です.
他にもよく見ると,サステインペダルを踏んでいる時の音は別のサンプルが使われているとか,一つのサンプルを変調することで,だいたい3つの鍵に対応する音を作っていることとかがわかります.高品質サンプルでは88鍵個別にサンプルが用意されていたり,ベロシティーの範囲も5ではなく10用意してあったりするわけですが,そうすると全体の容量も大きくなってしまいます.
サンプル音源のディレイ
上で作成した8ビートの伴奏を,木管アンサンブルで演奏したいとしましょう.
Logic Pro付属のフルート,オーボエ,クラリネット,バスーンのソフトウェア音源トラックを作成して音を振り分け再生してみるとこうなります.
なんかフワフワして変ですね.オーボエとクラリネットだけ抜き出してみると更にはっきりします.
楽器によって音の立ち上がりの速度が違うんですね.ピアノのような楽器は一瞬で音が鳴りだしますが,フルートの低い音などはフワッと音が立上がるので,最大音量に達するまでに数十ミリ秒かかります.遅いフレーズを演奏するときには別に気にならないのですが,上のように細かい音を刻むようなときはフルートはちょっと早めに吹き出してやらないと不自然ということです.
じわっと立上がる音に対して遅延が何ミリ秒とはっきり言うことは難しいのですが,試行錯誤しながらLogic Pro付属のガレージバンド音源の木管セクションの音の立ち上がりの遅延を調べてみたところ,およそ次の表のようになっていました.単位はミリ秒です.
高音域 | 中音域 | 低音域 | |
---|---|---|---|
フルート レガート | 30 | 40 | 60 |
フルート スタッカート | 20 | 30 | 40 |
オーボエ レガート | 10 | 10 | 20 |
オーボエ スタッカート | 5 | 10 | 10 |
クラリネット レガート | 40 | 40 | 60 |
クラリネット スタッカート | 30 | 30 | 40 |
イングリッシュホルン レガート | 30 | 10 | 10 |
イングリッシュホルン スタッカート | 5 | 0 | 5 |
バスーン レガート | 40 | 30 | 20 |
バスーン スタッカート | 10 | 10 | 10 |
上の音源で,オーボエトラックのディレイを−10ms,クラリネットトラックのディレイを–
60msに設定してやると,このようになりました.
どうでしょうか.さらにフルートのディレイを−40ms,バスーンのディレイを–30msにして再生するとこうなります.