Masaaki Wada (watercolor portrait by Jesus Guajardo)
作曲家 和田昌昭
Masaaki Wada
Composer
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  1. 機材
  2. 打込み
  3. 録音
  4. エフェクト
  5. 音源作成

音響技術4. エフェクト

複数のMIDIトラックやオーディオトラックの音声を統合して2チャンネルのステレオにすることをミックスダウン,または単に,ミックスと言います.ミックスに使うエフェクトは主にイコライザ,リバーブ,コンプレッサの3種類です.

イコライザ

低音域が弱かったり中音域だけ音が大きいというような音のアンバランスを解消して基準となる音のバランスと「イコール」になるように調整する装置ということでイコライザという名前が付いたのでしょうが,ミックスでそんな使い方をする人はいなくて,逆に低音域だけカットしたり,中音域を強調したりという目的で使うものなので,アンイコライザと呼ぶべきものです.機能的には,指定された周波数帯のみで音の大きさを大きくしたり小さくしたりできる音量調節と思えばいいです.

基本的なタイプが3種類ありますが,Logic Proでは,3種類がセットになったChannel EQというプラグインが使いやすくて便利です.

ローカットフィルター・ハイカットフィルター

たとえばヴォーカルを録音するとして,僕の場合は出せる最低音がせいぜいD1ですから,声の成分としては70Hz以下は含まれません.でも実際の録音には,足の振動や部屋の外の振動などが原因で50Hz以下の音もたくさん含まれています.それをそのままにすると,声の成分とうなりを起こして声が濁って聞こえる原因になります.そんなときは,イコライザでローカットを設定して,50Hz以下をカットしてしまうとよいです.

同様に,ある周波数以上の高音域をカットしてしまうのが,ハイカットフィルターですが,たいていの音には倍音成分としていくらでも高い音が含まれていますから,むやみに高音をカットするのはやめたほうがいいです.

シェルビングフィルター

ある周波数以下を,カットしてしまうのではなく,単に音量を少し下げたい,あるいは,上げたい,というような場合もあります.そういう場合はシェルビングイコライザを使います.低音域を調整するローシェルビングと高音域を調整するハイシェルビングがあります.

パラメトリックイコライザ

指定した周波数を中心に一定の幅のみ音量を上げたり下げたりできる機能です.

中心となる周波数,周波数の幅,音量調節量のパラメータを調節して使います.周波数の幅はQ値で指定します.値が大きいほど幅が狭くなり,特定の周波数周辺のみ音量を上下できるようになります.

共鳴音の解消

楽器のある音だけ変な共鳴音が混じって気になる場合があります.たとえば,Logic Pro付属のイングリッシュホルン音源のこの音を聴いてみて下さい.

EH-resonance.mp3

最後のFの音,共鳴音が気になりませんか.気にならなければ問題ないですが.僕は気になっちゃうので,こんな感じでパラメトリックイコライザを使って共鳴音を弱くします.→Removing-resonance.mp4

解消後の音をさっきのと聴き比べてみてください.

EH-resonance-removed.mp3

ノイズを取り除く

自宅で録音していると,冷蔵庫や蛍光灯のような家電製品が発する小さな雑音が録音に入ってしまうことは,ままあります.取り除くことができない雑音も多いですが,スペクトルアナライザで調べてみると,ある特定の周波数のみの雑音のこともあり,その場合はイコライザで簡単に取り除くことができます.

ハウリング防止

ハウリングは,スピーカーの音がマイクに入り増幅されてまたスピーカーから出ることで発振して起きますが,その発振周波数だけをイコライザで抑えればハウリングが起きにくくなり,スピーカーからより大きな音を出すことができるようになります.

リバーブ

リバーブは直訳で残響のことで,残響をつけるエフェクトです.昔は,バネや鉄板を使ってハードウェア的に残響をつけていたそうですが,今はもちろんコンピュータ内のディジタル信号処理で行います.

残響のあるホールで手を叩くと,発した音波はあらゆる方向に向かって毎秒340mの音速で伝わりますが,床や天井や壁に反射しているうちにもとの場所に戻ってくるものが多数あります.それらは経路によってかかる時間が異なるため,時間差でじわっと広がるような残響が聞こえるわけです.その残響を録音したものをインパルスレスポンスと呼びます.インパルスレスポンスに影響する最も大きな要素は,部屋の大きさと壁による音の反射率です.大きな部屋では経路が長くなるため,残響時間が長くなります.壁の反射率が高いと,残響音が大きく(厚く)なります.その他にも,部屋の形,ホールにおける音源やマイクの位置などさまざまなパラメータでインパルスレスポンスは変化します.

インパルスレスポンスを計算するのは,原理的には簡単です.この方向に進んだ音波はこことここで反射して,元の場所に戻って来るまでに何メートルだから何ミリ秒後に聞こえる,というのをすべての方向について計算し,それらを時間ごとに集計して,1ミリ秒後に聞こえる残響はこのくらい,2ミリ秒後に聞こえる残響はこのくらい,...というように計算してやればいいわけです.説明のためにミリ秒と言っていますが,実際はサンプルレート(44.1kHz)の精度で計算を行います.

インパルスレスポンスを使って音楽に残響をつけるのも原理的には簡単です.音楽は時々刻々音の強さが変化しますが,ある時刻Tに聞こえる残響音を計算するには,時刻T-100ミリ秒に発した音が100ミリ秒かかって到達した残響,時刻T-99ミリ秒に発した音が99ミリ秒かかって到達した残響,...というように計算して全部加え合わせます.これはコンボリューション(畳み込み)と呼ばれる計算なのですが,それを本当にこの通り計算すると膨大な計算時間がかかってしまい実用的ではありません.実際には,この計算は高速フーリエ変換というアルゴリズムを用いて計算します.

以上で原理の話は終わりです.大きな部屋では長い残響,壁の反射が強い部屋では大きい(厚い)残響というふうに2つの異なるパラメータがあることを理解して下さい.

Space Designer

Logic Proにおけるリバーブエフェクトのプラグインは,Space Designerです.

何やらいっぱいつまみがついていますが,下半分は使いません.中央左側もまずさわりません.使うのは,上部の,図で「HansaStudio」となっているプリセットと,中央右のDry/Wetのつまみだけです.

プリセットには,Logic付属のさまざまなインパルスレスポンスが登録してあります.最初は数が多すぎて戸惑いますが,必要としているのが大きな部屋の長い残響なのか,小さな部屋の短い残響なのかを考えれば,かなり絞ることができます.Spring Reverbはバネを使った残響をシミュレートしたもの,Plate Reverbは鉄板を使った残響をシミュレートしたものなので,そういうものを使いたいのでなければ無視してかまいません.あとは,一つ一つ試してみて,自分の気に入ったものを使えばよいと思います.実際にミックスで使える品質の高いインパルスレスポンスは限られています.ファイル名の後に「OST」とついているものが概して高品質のようです.

Dry/Wet

リバーブについて話すとき,音源から直接耳に到達する音をDry,壁や床に反射してから耳に到達する音全部をWetと呼んで区別します.Reverbで計算するのはWetの音だけですから,最終的にDryの音と混合する必要があります.

トラックにリバーブプラグインを挿入して,その出力を直接アウトプットに送るような場合は,プラグイン出力にDryも追加しておく必要があるのでDry設定を100%にします.

バスを通じて複数のトラックの信号を補助トラックに集めておき,その補助トラックにリバーブプラグインを挿入すれば,1回の計算で複数のトラックの残響が計算できます.リバーブはかなりの計算を必要とするので,こうすることでCPUの負荷を軽減できます.その場合,Dry出力はすでに個々のトラックからアウトプットに送られているので,補助トラックからは残響部分だけを出力すればよいことになります.そのときはリバーブプラグインのDryを0%に設定します.

Wetのつまみは,残響をどの程度混ぜるかを表しているので,大まかには残響の厚みの設定と考えてかまいません.とくに決まりはなくて,自分が一番いいと思う量に設定するのですが,センスが問われます.

コンプレッサ

音の大きい部分と小さい部分の音量差(ダイナミックレンジ)を「圧縮」して音量変化を少なくするエフェクトですが,これは奥が深いです.Logic Proのプラグイン名はCompressor.まんまですね.

スレショルド(Threshold)

コンプレッサは,入力値がある値を越えると圧縮を始めるようになっているのですが,その効果の効き始める音量をスレショルドと呼びます.上では–20dBに設定されています.

レシオ(Ratio)

スレショルドを越えた音量がどのぐらいの比率で圧縮されるかを表す数値です.上では2:1に設定されていますので,音量差が1/2に圧縮されます.–20dBの入力は–20dBのままですが,–10dBは–15dBになり,0dBは–10dBに変換されるということです.

ゲイン/オートゲイン

このままでは,–20dB以下の小さい音はそのままで,それ以上の音は小さくなってしまいますが,普通はそういう使い方はせず,圧縮後に+10dBのゲインを加えて,0dBの最大入力が0dBで出力されるように調整しなおします.スレショルドとレシオの値に応じてその調整を自動的にやってくれるのがオートゲインです.

こうすることで,最大音量を変えないまま,小さな音をより大きくすることができます.これがコンプレッサの基本的な使い方です.場面に応じてスレショルドとレシオをどう設定するかが腕の見せ所ということになります.

アタック/リリース

入力がスレショルドを越えてからコンプレッサの効果が効き始めるまでの時間をアタック,圧縮状態からスレショルド以下になったときに,効果が切れるまでの時間をリリースといって,それぞれミリ秒単位で時間を設定できるようになっています.

上述のように,単に音量差を少なくするのが目的の場合は,アタック/リリースは最低値にしておいて問題ありません.

エレキギターでアタックをたとえば10ミリ秒に設定すると,弦を弾いた瞬間はコンプレッサが効かずに10ミリ秒経って弦の音が減衰し始めたところで音量を下げるわけですから,音の立ち上がりを強調したバキバキの音になります.実際,エレキギターでは,コンプレッサをそういう使い方をすることがよくあるみたいですが,僕は詳しくはないのでそれ以上ば述べられません.

リミッタ

出力レベルを絶対にこれ以上にしてはいけないという値がある場合,その値をスレショルドに設定して,レシオは無限大,アタックとリリースは両方最低値にしておくと,過大入力が入った瞬間にコンプレッサが効き始めて出力はスレショルドを越えず,入力がスレショルド以下になれば効果が切れて入力通りの出力になります.コンプレッサを,こういう使い方で用いるときは,リミッタと呼びます.