Masaaki Wada (watercolor portrait by Jesus Guajardo)
作曲家 和田昌昭
Masaaki Wada
Composer
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  1. はじめに
  2. 音高と音程
  3. 音類
  4. 和音
  5. 全音階
  6. 和声
  7. 旋律

5.全音階

音階 (musical scale)

一般に,音楽の種類に応じて,曲中で主に用いられる音類の集まりが想定されており,それを音階と呼ぶ.

和音が構成音を同時に鳴らして一定の音の響きを形成するために用いられるのに対して,音階は単に使用可能な音類の集まりという意味であって,音楽においては両者は全く別の概念である.しかし,抽象的にはどちらも音類の集合であるから,和音類と同様,音階に対しても音類空間における多角形や音程構造を考えることができる.

全音階 (diatonic scale)

音程構造が(2, 2, 1, 2, 2, 2, 1)型の音階を全音階と呼ぶ.全音階は近・現代の音楽において最もよく使用される音階である.第1音から順に,ド,レ,ミ,ファ,ソ,ラ,シと呼ぶ習わしになっている(注1).

diatonic

ドの音類によって[0]全音階から[11]全音階の12種類の全音階が存在する.

音程

伝統的な音楽理論においては,全音階の7つの音類をもとに音程を考える.ユニゾンを1度として順に2度,3度,...と数え,8度をオクターブとするのであるが,たとえば2度には1フレットのものと2フレットのものがあり,それらを短2度,長2度と呼んで区別する.まとめると,次のようになる.

フレット
全音階音程
音類の組
1
短2度
ミ→ファ,シ→ド
2
長2度
ド→レ,レ→ミ,ファ→ソ,ソ→ラ,ラ→シ
3
短3度
レ→ファ,ミ→ソ,ラ→ド,シ→レ
4
長3度
ド→ミ,ファ→ラ,ソ→シ
5
完全4度
ド→ファ,レ→ソ,ミ→ラ,ソ→ド,ラ→レ,シ→ミ
6
増4度
ファ→シ
6
減5度
シ→ファ
7
完全5度
ド→ソ,レ→ラ,ミ→シ,ファ→ド,ソ→レ,ラ→ミ
8
短6度
ミ→ド,ラ→ファ,シ→ソ
9
長6度
ド→ラ,レ→シ,ファ→レ,ソ→ミ
10
短7度
レ→ド,ミ→レ,ソ→ファ,ラ→ソ,シ→ラ
11
長7度
ド→シ,ファ→ミ

平均律では増4度と減5度は全く同じ音程であるが,全音階で数えると,ファ→ソ→ラ→シが増4度,シ→ド→レ→ミ→ファが減5度と,違う呼び方になるわけである.

属音階と下属音階 (dominant and subdominant)

[0]全音階から[11]全音階は,音類の集合として近い順に並んでいるわけではない.それらを音類の集合として近い順に並べ替えると次のようになる.

...
[0]全音階
[7]全音階
[2]全音階
[9]全音階
[4]全音階
[11]全音階
[6]全音階
[1]全音階
[8]全音階
[3]全音階
[10]全音階
[5]全音階
[0]全音階
...

すなわち,たとえば[0]全音階と[7]全音階は音類の集合としては

[0]全音階 = {[0], [2], [4], [5], [7], [9], [11]}
[7]全音階 = {[0], [2], [4], [6], [7], [9], [11]}

であるから,[0]全音階において[5]音類のファを1フレット上げて[6]音類に変更すると[7]全音階になる.このとき,もちろんドの位置は変わる.同様に,[7]全音階において[0]音類のファを1フレット上げると[2]全音階になる.このように,ファを半音上げて得られる全音階を,元の全音階の属音階と呼ぶ.属音階は,音類集合としては,元の全音階を+7フレット(=-5フレット)移調したものである.

一方,[0]全音階と[5]全音階を比較すると,

[0]全音階 = {[0], [2], [4], [5], [7], [9], [11]}
[5]全音階 = {[0], [2], [4], [5], [7], [9], [10]}

であるから,[0]全音階において[11]音類のシを1フレット下げて[5]全音階が得られる.また,[5]全音階において[4]音類のシを1フレット下げれば[10]全音階が得られる.このようにシを半音下げて得られる全音階を元の全音階の下属音階と呼ぶ.下属音階は元の全音階を-7フレット(=+5フレット)移調したものであり,属音階と下属音階は,互いに逆の関係になっている.

まとめると,[p]全音階の属音階は[p+7]全音階で,[p]全音階においてファを半音上げたものである.また,[p]全音階の下属音階は[p-7]全音階で,[p]全音階においてシを半音下げたものである.

五線譜と調号

五線譜は,西洋音楽において古典から現代に至るまでずっと使い続けられている記譜システムである.平行な5直線の線の上または2線間に音符を配置する.

[0]全音階に対するものが基本となる.図の上のようにト音記号が書かれている場合,下第1線が60のドで,そこから上に行くに従い,全音階の順次高い音が対応する.下のヘ音記号の場合は,上第1線が60のドで,下に行くに従い全音階の順次低い音が対応する.ピアノ等では,この両者を右のように並べた大譜表が使用される.

[0]全音階以外の全音階は,次に述べるように,半音上げることを意味するシャープ記号(#)や半音下げることを意味するフラット記号(♭)を組み合わせた調号によって表す.

  staff

[0]全音階のファの位置にシャープを書けば,[7]全音階の調号が得られる.また,[7]全音階のファの位置にシャープを書けば,[2]音階の調号が得られる.以下同様にして属全音階系列の調号が得られる.

G
D
A
E
B
F#
C#
[7]全音階
[2]全音階
[9]全音階
[4]全音階
[11]全音階
[6]全音階
[1]全音階

また,[0]全音階のシの位置にフラットを書けば[5]全音階の調号が得られ,[5]全音階のシの位置にフラットを書けば[10]全音階の調号が得られ,と続けて,下属音階系列の調号が得られる.

F
Bb
Eb
Ab
Db
Gb
Cb
[5]全音階
[10]全音階
[3]全音階
[8]全音階
[1]全音階
[6]全音階
[11]全音階

シャープやフラットが7つ付くと,すべての音を半音上げる,または下げることを意味するわけで,それ以上系列を進めるにはダブルシャープやダブルフラットを用いなければならなくなる.それは行わない決まりになっているので,調号は上に述べた15種類である.

全音階は12種類しかないのに対して調号は15種類であるから,異なる調号が同じ全音階に対応するということが起こるわけで,実際,シャープ5つとフラット7つ,シャープ6つとフラット6つ,シャープ7つとフラット5つの3組がそれぞれ同じ全音階に対応している.これらの対応する調は,伝統的に別の名称で呼ばれるが,平均律においては全く同じものであり,単に五線譜上での表し方が違っているだけである.

五線譜は,全音階に基づく音楽を表すにはある程度便利な反面,全音階からはずれた音が多い音楽や頻繁に転調する音楽では臨時記号が煩雑になり読みにくく不便である.少なくとも音高の表現方法に関してはあまり優れた記譜法とは言えない.このような記譜法が今日まで二世紀以上に渡って使い続けられていることは,驚くべきことである.

全音階系の音階

音階の中で特に基本となる音類が決まっている場合,それを中心音と呼ぶ.中心音を持つ音階に基づく音楽を(広い意味の)調性音楽と呼ぶ.

全音階は,中心音がどの音かによって次の7種類の音階に分かれる.

7種類の全音階系音階
中心音
音程構造
名称
(2, 2, 1, 2, 2, 2, 1)
長音階,アイオニアン音階 (Ionian scale)
(2, 1, 2, 2, 2, 1, 2)
ドリアン音階 (Dorian scale)
(1, 2, 2, 2, 1, 2, 2)
フリジアン音階 (Phrygian scale)
ファ
(2, 2, 2, 1, 2, 2, 1)
リディアン音階 (Lydian scale)
(2, 2, 1, 2, 2, 1, 2)
ミクソリディアン音階 (Mixolydian scale)
(2, 1, 2, 2, 1, 2, 2)
自然的短音階,エオリアン音階 (Aeorian scale)
(1, 2, 2, 1, 2, 2, 2)
ロクリアン音階 (Locrian scale)

アイオニアン,ドリアン等の名称は中世の教会旋法に由来する.ルネサンス以後は,これら7種類のうち長音階と自然的短音階以外の音階はほとんど用いられなくなってしまった.19世紀後半にドビュッシーらが,また20世紀中頃にジャズにおいてマイルスデイビスらが,調性に縛られない音楽を求めて他の5音階を用いたが,それらは例外的である.今日聴かれるほとんどすべての音楽は,長音階に基づいた長調の音楽か,短音階に基づいた短調の音楽である.

まとめ

全音階を属音階の順に並べ,対応する長調・短調との関係をまとめると,次のようになる.

音類多角形
音階
調号
長調
短調
[0]-diatonic
[0]全音階
C
ハ長調
C major
イ短調
A minor
[7]-diatonic
[7]全音階
G
ト長調
G major
ホ短調
E minor
[2]-diatonic
[2]全音階
D
ニ長調
D major
ロ短調
B minor
[9]-diatonic
[9]全音階
A
イ長調
A major
嬰ヘ短調
F# minor
[4]-diatonic
[4]全音階
E
ホ長調
E major
嬰ハ短調
C# minor
[11]-diatonic
[11]全音階
B
ロ長調
B major
嬰ト短調
G# minor
Cb
変ハ長調
Cb major
変イ短調
Ab minor
[6]-diatonic
[6]全音階
F#
嬰ヘ長調
F# major
嬰ニ短調
D# minor
Gb
変ト長調
Gb major
変ホ短調
Eb minor
[1]-diatonic
[1]全音階
C#
嬰ハ長調
C# major
嬰イ短調
A# minor
Db
変ニ長調
Db major
変ロ短調
Bb minor
[8]-diatonic
[8]全音階
Ab
変イ長調
Ab major
へ短調
F minor
[3]-diatonic
[3]全音階
Eb
変ホ長調
Eb major
ハ短調
C minor
[10]-diatonic
[10]全音階
Bb
変ロ長調
Bb major
ト短調
G minor
[5]-diatonic
[5]全音階
F
ヘ長調
F major
ニ短調
D minor
[0]-diatonic
[0]全音階
C
ハ長調
C major
イ短調
A minor

6.和声


(注1) これを移動ドと呼ぶ.これに対し,ドレミファソラシを音名CDEFGABと同義とする固定ドもあるので注意が必要である.本稿では,移動ドのみを用いる.