Masaaki Wada (watercolor portrait by Jesus Guajardo)
作曲家 和田昌昭
Masaaki Wada
Composer
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  1. はじめに
  2. 音高と音程
  3. 音類
  4. 和音
  5. 全音階
  6. 和声
  7. 旋律

7.旋律

旋律(メロディー)は,音楽の最も重要な要素の一つであることは間違いないが,それが何なのかを論理的に定義することは難しい.ここでは,とりあえず,時間と共に音が変化していくつかの音がつながったものをフレーズと呼び,フレーズを組み合わせて意味のあるひとまとまりの音の流れとしたものを旋律としておく.

旋律に関して,あまり系統的なことは述べられないが,トピック的にいくつか書いてみよう.

旋律と音階

すべての旋律は,なんらかの音階に基づいて作られている.我々が旋律を聴くときには,常に旋律に付随した音階というものが頭の中にあって,いわば旋律の背景をなしている.聴いている旋律がどのような音階に基づくものかと問うてみればすぐに答えられることからわかるように,我々は旋律を聴くときには意識的に,あるいは無意識的に,音階を想定している.

とは言っても,旋律に含まれる音類を集めたものが音階というわけではないし,音階からはずれた音が旋律に使われることもある.だから音階は旋律に内在するものではない.つまり,音階は聴く人の心の中に存在している.

人の心の中には,生まれ育った環境において聴いて来た音楽によって様々な音階が記憶として形成されている.クラシックの調性音楽ならば長調や短調の音階,演歌ならヨナ抜きの音階,沖縄民謡ならば琉球音階というふうに,それぞれの音楽文化圏において独自の音階が人々に共有されており,作曲者はそれを前提に旋律を作るわけである.

旋律と和音

旋律と和音は,より直接的に関係している.が,その関係の仕方はさまざまである.多くの場合,伴奏として和音が旋律と同時に演奏される.実際には伴奏が無いにもかかわらず,聴く者が心の中で自然に和音による伴奏を想定しながら旋律を聴いていることも多い.旋律を形成する音の集まり自体が和音として認識されることもある.

一般に,旋律は音楽において最も人の意識を引きつける部分であり,その後ろで和音が旋律を引き立てる役割を受け持ち,さらに音楽全体の背景として音階があるという構造になっている.1小節程度の短いフレーズごとに和音が変化し場面ごとの雰囲気を形成するのが和音進行であり,それに対して音階はより長時間持続し,それが転調によって切り替わる時には曲の雰囲気が大きく変わる.作曲者は,旋律と同時に和音進行や転調による曲全体の構造を考えながら曲を作るのだが,聴く人は,多くの場合,それら全体を漠然と捉えて,たとえば「美しい旋律」というような認識をしている.

音楽は,織物に喩えられることがよくある.旋律を緯(よこいと),和音を経(たていと)に見立てて,音楽を旋律と和音が織りなす工芸品のように見なすわけである.

ポリフォニーとホモフォニー

中世からバロック時代にかけては,合唱や小規模な室内楽向きの音楽で,複数の旋律が同時に協調しながら進行するポリフォニー音楽が流行していた.ポリフォニーにおいては,複数の旋律の絡み合いが音楽の主体であって,和音の役割は副次的なものであった.

古典派(18世紀後半)になると,一つの旋律に対して和音による伴奏を組み合わせたホモフォニー音楽が主流となり,旋律と共に,和音進行が音楽の重要な要素と考えられるようになっていく.その流れが,ロマン派から近代のクラシック音楽,現代のポピュラー音楽へと続いている.現代のポピュラー音楽の大部分は,ヴォーカルが旋律を歌い,ピアノやギターやオーケストラ等が和音によって伴奏を受け持つという典型的なホモフォニー音楽である.

即興演奏 (improvisation)

即興演奏は,その場で作曲しながら演奏を行うことであるが,何の打ち合わせもなしに即興で合奏を行うことは不可能である.従って,即興演奏と言えば普通は独奏である.

ジャズにおいては,合奏による即興演奏が行われる.その場合,即興演奏は,あらかじめ和音進行が決まっている中で旋律を自由に演奏することを指す.自由に演奏すると言っても,本当にその場でひらめいた旋律のみを演奏していては,まとまりのある音楽にはならない.ジャズの演奏家は,普段からさまざまな和音進行に対する即興演奏を練習する中で和音進行に合ったフレーズをたとえば手癖という形で多数記憶しており,実際の即興演奏ではそれらを組み合わせることで旋律を作って演奏している.

演奏が,即興によるものか,予め入念に準備された即興風のフレーズによるものかは,聴く者にはわからない.当然,事前に準備して練習した旋律のほうが完成度の高い音楽になるであろう.にもかかわらず即興演奏を行うことの意味は,音楽としての完成度を犠牲にしてでも,聴くたびに違う旋律に出会う新鮮さということにならざるを得ない.だから,録音物を通じて同じ演奏を繰り返し何度も聴くのであれば,即興演奏の意味はない.

即興演奏の意味は旋律の新鮮さであるから,演奏者にとっての課題はいかにしてマンネリに陥らないようにするかということになる.そのため,ジャズの演奏家は,常に手持ちのフレーズを増やす努力をする以外に,与えられた和音進行の中の一部の和音を代理和音に置き換えるリハーモナイズを行ったり,あるいは与えられた和音に対して元々想定されていた音階とは別の音階でフレーズを作って演奏することによって変わった雰囲気を出すというようなことを行う.

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